| 2004年3月22日(月) 2004年3月20日は、合衆国がイラクを攻撃してから1年目の節目の日です。各地では、改めて意思を確認し合うための集まりなどが開かれたようですが、わたくしは結局それらにはいずれも参加しませんでした。当初から合衆国によるイラク攻撃には、断乎として反対の立場に立っておりますが、それをはっきりとした抗議行動の形で表すことだけがすべてではないと思っています。もちろん、賛成反対の立場は、表明しうる時に表明しておかなければ、まるで意味をなさないことでありますが、連帯行動と共に、自分の良心と深く向き合うことの大切さも忘れてはならないと思っています。ですから、攻撃1周年の日に直接連帯行動をとらなかったことについては、更に向き合ってみる必要のある問題だと思っています。
3月20日の夜は、妻と共に、10年来の友人であるキキオンというバンドの小規模なカフェライブに出かけました。(@下北沢カフェPIGA)小さなカフェに20数名位のお客さん、ギター、コンサーティナとヴォーカル、アコーディオンと小さなパーカッションという3名編成のバンドは、ギター(アコースティック)とヴォーカルのみPAでバランスを取り、他は生音です。
この位の規模の音楽が、わたくしには今、実演で聴くにはちょうどいいものに感じられます。
キキオンはいろいろなライヴハウスにも出ているので、ライヴハウスで演奏する場合には、またその良さもあるのですが、わたくしは、今かの人たちがカフェライヴという形でやろうとしていることに、確かに惹かれているようです。
こういうタイプの音楽演奏はミキサーという存在がありませんから、多少PAを使おうとも、アンサンブルのバランスは演奏者自身がコントロールしなければなりせん。それは、演奏のバランスという問題だけではなく、客との距離のとり方、カフェの空間に対する意識なども含まれます。
キキオンがこうしたことに非常に意識的なバンドであることは、長年の付き合いを通して分かってきました。
勿論、天性のエンターテイナーといえるような音楽家であれば、どんな場所でもたちどころに、場の空気を掴み、客との関係をある種の安定したものに、あるいは緊迫したものにしてしまうでしょう。天性と言いましたが、ここで述べているのは、観客とのコミュニケーションの問題ですから、多くの達人音楽家においても、様々な場の経験が必要であることは言うまでもありません。
東京は地域コミュニティがおぼろげなところです。地域音楽というものが、あるとは言えないでしょう。そして、ライヴハウスや、演奏会場がひたすら多く存在し、音楽家が極度に集中し、プロとアマチュアの音楽家の区別が極めて曖昧です。
また、音楽の好きな聴衆の嗜好は細かく分化していますから、実際に自分の本当に聴きたい音楽を聴くことを行動の原理とすると、やはり、音楽家とは「無縁」であらねばなりません。純粋な聴衆主義者たらんとするには、音楽家との関係性を一旦白紙に戻す必要があるのです。この場合、音楽家と聴衆との関係に揺らぎの起こることはなく、音楽はCDに代表されるような聴き方を、実演の場でも要求されることになるでしょう。
実演の1回性を極度に重視する人でも、それは録音音楽によって鍛えられた聴取態度の裏返しの結果かもしれないのです。
翻って、音楽をコミュニケーションの媒体、場への介入と捉える意識のある音楽家にとって、現在の音楽シーンはやや息苦しいものであることも言えます。完全なプロになるには、まずプロダクションやレコード産業に参入して、「無縁」を通過しなければならないし、多くの観客を増やすことのできない音楽家にとっては、地域音楽となる以前に、小さなそして地盤のない知人コミュニティの音楽になることが、関係性を広げる足枷となってしまいます。ですから、多くの場合は、音楽家同士のコミュニティを構成することが重要な段階となります。ここで、観客や興行家(音楽家が兼ねる場合もあります。)と上手く共通のモードを意識できれば「シーン」の誕生に繋がる場合もありますが、わたくしはこの「シーン」という形態もやや時代遅れになりつつあるのではないかと思っているのです。
わたくしは、音楽文化の高度な洗練化と音楽実演者の裾野の広がりは、決して対立するものではないという考えを持っております。これは、以前この覚書でも触れたサイード氏の錬成(エラボレーション)という概念とも重なってきます。
キキオンのメンバーは個人的に皆友人なので、わたくしがいくら客観的に書こうとしても、これは知人コミュニティの音楽についての言説になるのではないかという不安がありますが、メンバーのみなさんは、音楽のコミュニケーション性について真摯な意識を持っておられると常々感じているので、わたくしも恐らくしばしば足を運ばせることになっているのだと思っています。(音楽的な趣味性の問題が最も大きいでしょうが。)
こういった事情から、キキオンの小さなカフェ空間に対する介入には、たいへん刺激を受けます。こういう言い方をすると失礼かもしれませんが、わたくしは、キキオンは音楽家としてのアイデンティティがメンバーそれぞれのアイデンティティのすべてではないグループだと思っています。しかしそうであるからこそ、観客との場作りの試みが、微妙なバランスでなりったっており、またこのグループが演奏活動を通して楽曲を練りあげ作品化していく過程を興味深いものにしているとわたくしは思っているのです。(もうじき4枚目のCDを発売しようとしている。)
わたくし自身が様々な社会的顔を持っており、その顔の多面性こそが、社会を動かす羽ばたきとなっていると感じていますが、これはいかなる意味でも、人間の専門家性、職業的プロフェッショナリズムを否定するものではありません。
活動初期にはある種のエキゾチズムによって彩られていた音楽が、様々な地域の民族音楽を習得カヴァーしていく試みや、民族楽器の導入などを経て、現在、全く独自の音楽性を確立していると言ってもいいのではないでしょうか。
ポップスの和声進行がまだ大きく残っていた最初期の楽曲から、トラッドの旋法の導入があり、力強い民族旋法中心の楽曲から、新たに、様々な旋法に基づく対位法的な作曲を身につけてきているようで、少しずつですが確実に小規模な空間で、歴史の記憶について、聴衆の心に(大げさにではなく)歩み寄っていく音楽の形態が見え始めてきたように思えるのです。
ドローンが威圧的でなく、適度な空間性を手繰り寄せ、様々な旋法による歌がより自由になってきました。また、コンサーティナとアコーディオンの絡みが実にスリリングで、これがまた生音だからこそ、わたくしはゆったりと呼吸を合わせることが出来ます。
わたくしは、以前からこのバンドのダンスバンドとしての可能性についても意識してきましたが、何もカフェのような空間で音楽が踊る必要もないのではないか。歌たちが羽ばたいてくれれば、小さな空間を無限の場へと変容させてくれる。
カフェを飾る無数の愛らしい小物たちが、それをきっと良くわかっているに違いないと思います。
しかし、このバンドの基音はやはり哀調というべきでしょう。
その思いがますます強くなっています。
声がややかすれ気味になってきた、最後近くのセファルディームの唄が、今まで以上に哀切を帯びていたようでした。
喧騒の中の小空間に、密かな哀調の一時がありました。
今のわたくしには何故か心に響くイラク攻撃1周年の日でした。
そして、いかりや長介さんが亡くなった日。
キキオン:ホームページ
カフェPIGA
今日、この文章を書いている時、ハマスのヤシン師が殺されたニュース。動揺しないと言えば嘘になる。
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