TA EIS HEAUTON -日日覚書-

9月

 
                
2004年9月14日(火)

昨日のはなし。

シンボルの樹、とでも言えばいいのでしょうか。
わたくしにとって大切な樹がありました。
朝出かける時、最初の長い一本道の行く先にそびえ立つ、
律儀なまでに真っ直ぐな樹。
角を折れて、その一本道に入った時、
ちょうど視界の全部を使って何とか入る大きさ。
その樹まで歩くのに、約5分くらいでしょうか。
あんまり、その樹が真っ直ぐなもので、
歩いているわたくしも、背筋が伸びる。
普段から、立つことに精一杯の最近のわたくしには、
これほどのお手本はない。
立つのって、難しいなぁとずっと思っています。
歩くのはなおさら。
だから、わたくしのお出かけの最初の一本道に、
あの樹が立ってくれているのは、
なによりの励みなんです。
それだけじゃない、
住居の近くを避けて、
幹の上の方から一斉に枝葉を天に突き上げる。
その意気地に惚れたのでしょうか。

誰の樹なんだろう?なんて考えたことありませんでした。

昨日、その樹は切り倒されました。

朝、その一本道を行くと、クレーン車がその樹に横付けされ、
人が何人か、生い茂る枝葉の間で作業していました。

樹の横を通ると、既に樹の上の方、3分の1は、
伐採されて、地上にありました。

わたくしは、ただ通り過ぎました。

お昼ごろ、一度家に帰りました。

その樹は、疲れて帰ってくる時、
帰路の最後の一本道の入り口で、
わたくしの背中を一押ししてくれます。
とても、元気で威厳があるからです。

家に着くと、その樹にちらっと挨拶します。
わが家の玄関先から、その樹の生い茂ったてっぺんが、
見えるからです。

昨日の昼、一度家に帰ろうとすると、
その樹は、真っ二つに切断されて、立たされていました。
残っているのは下の部分ですから、
枝も葉もありません。
切断面からは生血が溢れていて、正視できませんでした。

昔、ある年の4月の半ばごろ、
工事現場でアルバイトをしていたことがあります。
掘り起こされた地盤に沿って、
桜並木が鮮やかに花びらを散らしていました。

その日は朝から、重機の人たちが、
壮麗に咲き乱れた桜の並木たちを、
手折り始めました。

絢爛たる桜並木は、工事現場の敷地の中でした。
だから、どうしても邪魔だったのでしょう。
その日は朝から、たいへんな悲鳴が聞こえていました。

わたくしにはどうすることもできません。
それより、重機を動かしている人たち。
同じ飯場で無口に昼ご飯を食べているかれらに、
何と声をかけていいのか分かりません。
わたくしがかれらの立場じゃないから、
悲鳴が聞こえた訳でもないでしょうに。

別に特別、感傷に耽っているわけでもありません。
食べ物も資材も、皆同じです。
野菜も家畜も材木樹も、悲鳴を上げる時は、あげます。

もちろん、その悲鳴を聞きながら、いただくのです。

桜の並木は、一日で無くなりました。
並木はなくなりましたが、
掘り起こされた地盤の壁面に、
切り株と根っこがたくさん残りました。

この地盤からは、弥生時代の遺跡が見つかったので、
調査しなければなりません。

掘り起こした地盤の壁面は、綺麗に削って、
地層を撮影します。

わたくしは、桜の根っこ達を、
ノコギリで切り落とす事になりました。

桜の根っこたちは、まだ息がありました。
ノコギリを挽く手に息吹が伝わりました。

わたくしは、その晩、気持ち悪くなり、
寝込んでしまいました。
生命と真っ向から、
向き合って生きていないツケだったのでしょうか?

随分昔のことを思い出しました。

昨日、夜もう一度、あの樹の元を訪れると、
地面とそう変わらぬ高さの、
平たい切り株になっていました。

持ち主と思われる人の家も、
いずれ取り壊されるみたいでした。

わたくしが、この日の出来事について、
何も言えないことには違いありません。
日頃、樹に触れてないから、
特定の樹に情が移り過ぎるんだよ。
って言われそうですね。
本当にその通り。
でも、都会の樹は、森の樹木たちより、
日頃から大きなものを背負わされているんです。

たかが大きな樹が一本無くなったということだけ。
伐採した人たちと変わってあげられるわけでもない。
それにしても、建物が一つ無くなるのより、
気持ちが沈むものですね。
かつて、一本道の向こう側に、高架が出来て、
風景が一変した時は、
意外に慣れるのは早かった。

あの樹の不在は、わが家の玄関先から見た場合、
ほんの少し変わっただけ。
だけれど、一本道にとってそれは、
すべての力学を撹乱させる。
風景というものが、どういう力で出来上がっていたのか、
嫌というほど思い知らされました。

別の道を行け。
というのも一つの教えかもしれません。


日日覚書 2003年9月 10月 12月 2004年1月 2月 3月 11月

■■ HOME ■■