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2004年2月21日(土)

当サイトの『自画像』のページにある「わたくしの心の支えとなっている100本の映画」の中で、わたくしは、1961年の東宝映画『世界大戦争』(松林宗恵監督)を選んでおります。この作品は、ヴィデオでしか観ていなかったのですが、あえて選びました。他にもフィルム上映での鑑賞未経験の作品をエントリーさせています。もちろん、これらの作品はきちんとした状態のフィルムを上映したものを観ることが夢です。が、そう安々と観られるものではありません。ですので、わたくしはヴィデオで観た感動も大切にしているのです。
前置きが長くなりましたが、昨夜『世界大戦争』を初めて映画館で観ました。フィルムの状態も良好でした。画面の隅々まで初めて観ることが出来ましたが、やはりそら恐ろしい作品でありました。
おまけにこの日は、かなりスペシャルな夜だったのです。
数日前に快楽亭ブラックさんと松林監督のトークがあると決まったので、この日に観に行くことにしたのですが、松林監督に加え、本作の主演の宝田明さんまでお見えになりました。
トークも楽しかったのですが、作品そのものをゲストのお二人も観るのが久しぶりだということで、わたくしの後ろの列に座られて、わたくしの本作スクリーン初体験は、監督、主演の方とご一緒にという特別なものになってしまいました。(2月20日中野武蔵野ホールでレイトショー。観客総勢50人弱。)

上映終了後、監督は映画館の出口近くで観客の一人一人にご挨拶をされていました。
わたくしは何とも黙ってはおられず、思わずお声をかけてしまいました。
「ヴィデオでこの作品に出会って以来、どうしてもスクリーンで観たかったのです。」
とお伝えすると、
「円谷さんの(特撮は)ね。やっぱり、大きな画面で観るといいでしょ。」とおっしゃられた。
わたくしは、
「とんでもない。」と、
最近一部で流行の原節子のセリフを、危うく口にするところでした。
何の、わたくしの如き若造がそんな生意気なこと言えようはずもないですわね。
「何をおっしゃるんですか。松林監督の演出に感動しているのですよ。」
本当はそう言いたかったのですよ。

わたくしは、
「ご一緒に拝見できて、とても光栄でした。」
とだけ言い。
監督は、お手をお合わせになられた。
(松林監督は僧籍をお持ちの方でいらっしゃいます。)

それにしてもこの映画は、傑作とかいう範疇に入れたくないが、強烈なエモーションと願いと祈りが一つになったような作品です。

この映画は、東宝特撮映画の流れを汲む近未来核戦争映画で、いわゆる世界の終末を描いた作品です。
だから、何度観ても、最後は世界の終末が来ることは分かっているのです。
しかし、そのあまりに淡々とした日常描写と、並行して語られる緊迫した戦闘シーン、そして無常そのものを映像化したラストに戦慄させられます。
単純に言えば、原水爆の使用反対、核兵器の使用反対という単純明快なメッセージを、映画という見世物で表してみたということに過ぎないのだけれど、これは恐らく、日本という国からしか絶対に生まれ得ない究極のヴィジョンになり得ています。
米国などによくみられる、ディザスタームーヴィーとは全く別物と言っていいでしょう。パニックシーンは最小限にとどめられ、地上を焔が被いすべてが溶岩と化した東京、そして黒い雨がただ降り続くのです。
確かに、松林監督がおっしゃるように、円谷英二特技監督の作り出す戦闘シーン、ロケット基地、そして最後の世界主要都市の爆破シーンは、大画面で観ると本当にリアルで美しい。
最初のトークショーで、都市爆破のシーンは建物のミニチュアをウェハースやカステラで作ったことなどが語られたが、確かに、実際の兵器や戦闘機を使わず、すべてミニチュアで撮るというのは、最も反戦映画に相応しい方法だと感じさせるものがあります。
もちろん、円谷さんのミニチュア技術は、太平洋戦争中の戦意高揚映画で磨かれたものでしょう。それを、もう一度徹底的に反戦の目的のみのために使うこと、その情熱のブレのなさは、まさに職人魂としか言いようがありません。
所詮映画の技術は、常に(間違った、偏った)思想を伝える道具として利用されるのだ、と侮ることを、わたくしは断乎忌避します。
伝達の精確さに賭ける心意気に、どこも間違いなどありません。
思想のプロパガンダそのものを批判する際は、出来るだけ思想そのものに肉薄しなければならないのです。
この映画は、完全なプロパガンダ映画です。
あらゆる映画は、図らずもいくばくかの思想のプロパガンダとなります。
様々なアリバイを仕込んで慎重にプロパガンダ色を取り払った映画より、剥き出しのプロパガンダ映画を少し劣ったものと考えることに、わたくしは同意しません。

また、現在の国際情勢において、この映画を支える思想を非現実的と捉える方もいらっしゃいますでしょう。

しかし、この映画は、何の誇張もなく、ただ人為的な過ちによる世界の終末を描いているだけです。
その底流に流れる普遍性をわたくしは愛します。
悲観論、アイロニー、大げさな悲劇性などとも思いません。
いたずらに政治不信を煽ろうという意図も感じられません。

それは、役者さんたちの落ち着いた演技のなかに、すべて顕れています。

東宝は、長年培ってきたホームドラマの技術と、特撮映画の技術、そして名優たちの誇りを、すべてこのプロパガンダ映画に注ぎ込みました。
これは、現在の映画文化とは少々異なった文化の上に立つ、稀有な結晶です。

山村聡(首相)、上原謙(外相)、中村伸郎(官房長官)、河津清三郎(防衛庁長官)各氏らによる内閣は、現在のわが国の内閣を恥じるのに足る気骨ある顔をしてます。

そして、本編の核となるフランキー堺さんと乙羽信子さん演じる家庭のシーンの持つ、息の長く落ち着き払った空気には、日常の時間への錯覚を誘う吸引力があります。そこにメジャー映画スタジオ全盛期の底力が凝縮しているように思えてなりません。わたくしは、乙羽信子さんの〈近代映画協会〉作品での渾身の演技よりも、時々ふらっと出演される東宝出演作での芝居の方が肩の力が抜けていて愛着があるのですが、なかでもこの作品は『秋立ちぬ』と並んで絶品です。フランキーさんの抑制された演技もなかなか他で観られるものとは違います。政情不安の機を見て株を買いに走っていた運転手家族が、最早これまでと、最後に食べる助六寿司の切なさが胸に沁みます。
そして、改めて驚いたのが娘役の星由里子さん。数限りなく観ている印象があるけれど、この作品での輝きは何と表したらよいやら。

宝田明さんは昨年の『福耳』でも円熟の芝居を見せてくれていましたが、この方は若い頃から単なる二枚目より少々あくの強い役があっているのではないかと、わたくしは思っていました。現在のイメージから観ているからでしょうか。ですので、宝田さんといえば、真っ先に思い浮かぶのが、『放浪記』『女の座』『100発100中』あたりですが、この『世界大戦争』では、宝田さんの清潔感、折り目正さが前面に出ていて素直に魅了されます。

宝田さんと星さん演じる若い恋人たちが、日比谷公園、山下公園を行くシーンから溢れ出す幸福感は、本当に最後の地獄絵図を露ほども感じさせない清らかさに満ちているのです。

中北千枝子さんは、東宝の横丁の顔です。終盤ややオーヴァーアクト気味になるのが惜しいのですが、出てきた瞬間から異様なその常人ぶりに目が釘付けになります。あの不思議な所作が網膜に焼き付いて消えません。(また、観てしまった。)ですが、この方こそ銀幕のスターたちと観客を繋ぐ、無くてはならない存在なのです。(ちなみにかの女は、当時の東宝のトッププロデューサー=後社長の田中友幸氏夫人である。)

他に幼稚園の保母さん役に白川由美さん。船長に東野英治郎さん。この二人が、妙に頼もしい。世界の最後を共にするのにいてほしい存在感。

そしてこの作品の要は、笠智衆さん。松林監督は、最後のセリフを言えるのはこの人以外にありえない、と直々に依頼されたそうで、笠さんは松竹のスケジュールの合間をぬって特別に出演されたのです。
笠さんの言葉は、重すぎず軽すぎず、その真実味に茫然とするばかりなのですが、あまりに真面目に言っているので、この世の最後のジョークかとも思えてくる奇怪な演技だと思います。

結局、主要登場人物のほとんどについて触れてしまいましたが、これは、日本映画と言えば、黒澤、小津、溝口、成瀬だ、などと思ってほしくないからです。日本には偉大な映画作家の映画もあります。でもそれだけではなく日本映画という巨峰を支える裾野は果てしなく広いのですよ。
笠さん、乙羽さん、フランキーさんらすべての演技の様式に何かとてつもなく揺ぎ無いものを感じるのです。それが、この作品からは誠に細やかに滲み出ている。これは松林監督の人徳のなせるわざなのでしょうか。

松林監督の演出スタイルの中に、「ただごとではないぞズーム」としか呼びようの無い、絶妙の間で被写体に寄っていく瞬間があります。(芸の無いネーミングでごめんなさい。)
これは実際、ドリーなのかズームなのかわたくしにははっきり断言できないのですが、特殊技法ではなくて、映画、ドラマの多くで観られる単なるズーミングに過ぎません。ところが、松林監督のそれは他の映画で見られるものとややセンスが異なり、わたくしはいつも強烈なインパクトを受けます。
これが、同じ「ただごとではないぞズーム」でも監督の一方の代表作「社長」シリーズで出てくる時は、あまりに意表をつくタイミングで登場し、わたくしなどは腰が抜けるほど可笑しいのですが、この作品においては、あらゆる「ただごとではないぞズーム」が本当に背筋も凍る戦慄や不吉の前兆へと変わってしまうのです。文脈が違うとこうも変わるのかとあきれ果て、映画の文法とは、げにも面白いものであるか、と感嘆いたします。

トークショーで松林監督は、当時この映画をミラノの映画祭へ持っていき、各国の大使を招いて見せたから、今日まで核戦争は起こらなかったんだ、とおしゃっていましたが、その通りです。
きっと。
見世物としての映画の魔力。そしてその見世物を作る者の心意気をよくよく肝に命じました。

監督は、謙虚な方でいらっしゃって、米国映画『渚にて』からの影響についても言及されていらっしゃいましたが、はっきり言って『渚にて』などよりよほど重要な映画だとわたくしは思っています。

さて、実は上映中わたくしはある箇所(恋人同士のモールス信号での会話)で字幕の出方に少々違和感を感じたのですが、その時監督がわたくしの後ろの列から、「あれっ?」て呟かれたのが気になって、気になって・・・・・

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以下、加筆分。

この日の後日談を、後に快楽亭ブラックさんが雑誌に書いてくれました。
それによりますと、
「監督自身、作品を見直して『こんなに凄い映画を撮ったんだ!』と興奮して、その夜は眠れなかったという。」のだそうです。
「月間テレビタロウ2004年5月号掲載『映画地獄平成放浪噺』」より。

これ、もしかしてあのモールス信号の場面を直したかったのでは?

それにしても、追加ついでに、この日はブラックさん主催で「松林監督クイズ大会」が行われました。監督にまつわるマニアックなクイズに答えた人が、監督直筆入りレアグッズをもらえる、というものでしたが、全部答える人がいるんですよね、これが。
恐いです。中野武蔵野ホール。

2004年12月9日加筆。

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