警察やジミーはともかく、「妻であるセレステが何故夫であるデイヴを疑ったのか」を全く描かないことこそが、この作品のポイントであるとわたくしは思いました。
どういう背景があってのことか分かりませんが、セレステは夫を疑ってしまった。この事実だけをこの映画は描いています。
何故、疑ったのか?
この部分を想像できることが、観客に与えられた恩寵です。

わたくしが、勝手に想像したのはこんなことです。
(ちなみに原作は読んでいません。)

デイヴは三人の幼馴染の中では、特に真面目で誠実な人物で、そうであったからこそあの時、車に乗ってしまった。デイヴは、野球で活躍し、セレステと結婚し、息子に夢を託すことで、経済的安定は得られなくとも、なんとか平穏に生きてこれた。デイヴは、痛ましい思い出の残る街を離れずに、あえて過去と向き合いながら気丈に生きてきたのだ。
セレステは、デイヴの過去の痛ましい事件のことは知っていたが、そのことについて全く語らず平穏に暮らす夫と表面上幸せに暮らしていながら、内心、「夫は自分に心を開いてくれていないのではないか」という不安を抱えていた。
セレステは自分が夫に不安を感じていたことを、はっきりとは自覚していなかった。
だが、夫が血まみれで帰って来たあの夜、明らかに嘘を語る夫に初めて恐れをいだいた。
「デイヴは私にすべてを語っていない。」
実際、この時、デイヴは初めて自らのトラウマに激しく直面し、殺人まで犯してしまっていたのである。全く正気を失って、その混乱ぶりは家人でもはっきり嘘だとわかるような話しか出来ないほどだった。
この姿は、デイヴが家族に見せる初めての姿だったかもしれない。

だが、セレステには子供時代に深い傷を負ったはずのデイヴに対して、結婚以来ずっと偏見があったのかもしれない。それは、セレステ自身否定したい感情だった。
いずれにしても、あの晩以降、セレステに芽生えた恐怖は、従姉妹の継子が殺害された事件をきっかけに急速に膨らんでいった。

従姉妹のアナベスは、街の裏社会に君臨するジミーに嫁いでいた。セレステは、従姉妹がこの物騒な街の裏社会に通じていることが貧しくとも安心して暮らせる心のよりどころであった。それどころかセレステは、真面目で立派だが、何か自分の知らない面を隠しているかもしれない自分の夫に比べて、気性が激しく感情豊かで、裏表のなさそうな夫を持ったアナベスに羨望すら抱いていた。

犯罪を犯した後、デイヴは急速に情緒が不安定になってきた。友人のジミーの娘の死に直面しては、率直に友人の気持ちを思い慰めたが、様々に嘘を重ねるようにもなる。

警察は単純に、捜査の途上の間違った疑いから、デイヴを強制的に事情聴取した。

セレステの不安は決定的になった。長年、自分がデイヴを本当に信頼してきてはいなかったことに気付き、共有してきたはずの感情を恐怖が上回った。

セレステは、従姉妹を通して知りえていた街の裏社会に保護されたいと思った。間違っても裏社会を敵に回してはいけないことは分かっていた。

この息苦しさに耐えられなくなったセレステは、ジミーにデイヴを消してもらうことを自ら本能的に選択してしまう。警察の捜査によって犯罪者の妻にされるのは勿論、裏社会を敵に回したらこの街では生きていけないと直感的に感じたからである。

ジミーは案の定、激昂してデイヴを殺した。とても冷静な判断ではなかったが、既に殺すことで感情を精算する術を知っていたジミーにとっては、警察の捜査など待ってはいられなかったのだ。

パレードの日。これで、何とかジミーとアナベスのファミリーの庇護の下で生きていけると思っていたセレステは、ジミーとアナベスの冷たい視線に、初めて己の過ちを悟った。裏切り者など誰も守ってはくれない。自分は、自分と自分の息子を己一人で守り抜かねばならないのだ、と。
                               (2004年2月)


ご覧、パレードが行くよ。
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